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ノンフィクションの底力 01
〜『軌道』松本創さん 第2回

真山 仁

松本は退職後、フリーランスで原稿を書き始めた。

「『社会正義の追求』や『権力監視』みたいな気負いがあったわけではありません。それより自分が暮らす地元とか人間関係の中にも書くべきこと、伝えたいことはいっぱいある。日々の暮らしに軸足を置き、そこから物を考える。そういうものを書きたいなと」

私自身もそうだが、新聞記者というのは、会社を辞めると、取材して原稿を書く以外に、何の役にも立たない。だが、毎日起きる事件事故、出来事を取材して書くという作業が体に身に染みついているため、仕事を選ばなければ、フリーライターとして収入を得るのは難しくない。

尤も、記者時代に会社の看板の威を借りて取材をしていると、その態度が退職後も出てしまい、誰も相手にしてくれないものだが、松本の場合、そういう心配はなかっただろう。取材対象と親しく接し、相手に警戒させることなく、気がついたら取材されていたというタイプのジャーナリストだからだ。

「色んな仕事をしました。飲食店の取材、大学案内、街のフリーペーパー。関西の雑誌で時事コラムの連載もやっていた。会社を辞めてすぐ、神戸新聞時代の先輩で、先に退職して東京で週刊誌記者をしていた西岡研介さんに連れられて、出版社の挨拶回りのようなこともしました。大半はその場限りで終わりましたが、たった一つの縁が後の仕事につながっていった」

松本創(まつもと・はじむ)さん

生活費を稼げるようにはなった。だが、フリージャーナリストとしての追いかけるテーマが、すぐ見つかったわけではなかった。

「ニュースやスクープを追う熱意は薄く、自分にしか書けない得意分野があるわけでもない。売れるテーマや取材対象を設定し、ガンガン取材して本を書く――という前のめりの姿勢やわかりやすい売りが自分にはないんですよね」という松本。「何かの縁や自分の経験があって、そこで聞いた話や感じたことをあれこれ考え、掘り下げるうちに取材が広がり、本が出来ていくというイメージですかね。自分は何ごとも理解が遅い。咀嚼して飲み込むのに時間がかかるんです」と自己分析する。

松本創の名を一躍全国区にした『ダレハシ』こと『誰が「橋下徹」をつくったか ―大阪都構想とメディアの迷走』(140B)も、きっかけは一つの縁だった。

「大阪市長だった平松邦夫氏の座談本の構成をしたことがあるんです。その最中に、府知事だった橋下徹氏が『大阪都構想』をぶち上げ、平松氏と大阪市を急に攻撃し始めた。論理は無茶苦茶でも、派手な言動に煽られたメディアぐるみの攻撃がわーっと津波のように襲ってくると、いかに反論しようにも届かない。一方向に雪崩を打つ世論の理不尽さと恐ろしさを痛感しました。そんな時、先ほどの西岡さんに紹介された東京の編集者から『平松サイドの言い分が聞こえてこない。取材して書いてくれないか』と依頼があった。2010年の秋かな。それが取材のスタートでした」

神戸新聞在籍時から、松本には、大きな疑問があった。
すなわち、メディアとは、何なのか――。

「ジャーナリズムの使命は権力の監視と言われますが、実際のところ、声の大きい権力者に引きずられ、広報機関になっているのではないか。新聞記者時代の小泉ブームの頃から抱いていた疑問ですが、橋下徹という人物は小泉の手法をより凝縮した形で大阪に持ち込んだ。メディアが簡単に振り回される様を見て、なんでこうなってしまうんだろう、ジャーナリズムの使命なるものはどこへ行ったのか、と一度ちゃんと考えてみたかった」

世間では、『ダレハシ』を、橋下批判本のように捉えている人も多いが、実際は、メディアに対する危機感を提起した本だ。
橋下徹という、圧倒的に市民から人気を集める一方で、独裁者の匂いも漂わせる劇場型首長の行動言動と、メディアとの関係をじっくりと見定めた上で、メディアの弱点を抉った。
権力者に挑む勇気とぶれない視点を持つこの本の発表こそが、ノンフィクションライターとしての、松本の出発点となった。

「『ダレハシ』の時は、そんな自覚はありませんでした。あれはメディア批評的な側面もある、いわばメタ視点の本なので。ノンフィクションを書く者と名乗ってもええかなと思えたのは、『軌道』をようやく書き上げた時です」

『軌道』とは、2018年に発表し、第41回「講談社 本田靖春ノンフィクション賞」を受賞した『軌道 ――福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』 (新潮文庫)のことだ。

(第3回につづく)

【プロフィール】
松本創(まつもと はじむ)
ノンフィクションライター
1970年大阪府生まれ。神戸新聞記者を経て、2006年フリーランスのライター、編集者に。関西を拠点に、政治・行政、都市や文化などをテーマに執筆。著書に「第41回講談社本田靖春ノンフィクション賞」を受賞した『軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い』(新潮文庫)をはじめ、『誰が「橋下徹」をつくったか――大阪都構想とメディアの迷走』(140B、2016年度日本ジャーナリスト会議賞受賞)、『日本人のひたむきな生き方』(講談社)など。

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